指揮者の聴く音

橘川雄一|2024.3
小澤征爾さんが先日亡くなった。音に関する知識もセンスも抜群の方だった。彼の指揮する音楽はとても魅力的に聴こえた。指揮者によってこれ程までに音楽が生き物のように様態を変えることを教えてくれた方だった。
ある時紀尾井町ホールでのコンサート前、"ゲネプロ※"の招待を音響設計の方から受けた。
我々が普通に聴衆として聴くコンサートは、楽器毎のレイアウトは歴史的に決まっていると思っていた。実は管弦楽打楽器については決まっていないと気付いた。
指揮者が演奏予定の曲を指揮しながら楽器の演奏位置を変えるのだ。「この位置だと音が良くないな」という会話をしながら、演奏場所を指示する。確かに弦楽器と管楽器の音の具合が良くなかった。そして指揮者の指示通りに変更したら確かに、私から聴く範囲でも音は良くなった。
これはホールによって音の響き具合が異なるので、実際には音を出してみないと分からないことなのだろう。指揮者の楽曲理解の仕方により奏でる音を変えているようだ。
もう一つ気付いたことがある。音楽の一番いい音を聴いているのは、"指揮者"本人。演奏者の位置を変えるのも、客席で聴きながら指示しているのではなく、指揮台の上で指揮棒を振りながらの指示である。自分が聞く音を一番よくしている事になる。しかも聴くのは楽器から出てきたばかりの直接音である。回析して戻ってきた音ではない。一度あの場指揮台の上で聴いてみたいと思っている。小澤征爾さんもゲネプロを経ての本番に"世界一いい音"を毎回聴いていたのだろうな。
※本番前の最終リハーサル